KITAKO NEWS FLASH

北高の今

明日は…

明日は、待ちに待った体育祭です。
この日のために毎日朝早く登校して、
応援練習に励んできました。
今日は、全校を挙げて北高の内外を清掃しました。
 
あんなところや、

こんなところまで。隅々まできれいにします。
 
 
たくさん草も取りました。
 
清掃の後は体育館で予行練習です。
1000人以上が集まるとすごい迫力です。明日が楽しみ!

教育実習、はじまる

今日から、「KITAKO NEWS FLASH」と題して、
北高の日々の様子を配信していきます。
 
本日より、前期の教育実習が始まり、11名の実習生の皆さんが北高に来てくれました。

 
    朝会にて。緊張している様子です。
 
初日の今日は、教室の後ろで先生方の授業の見学です。
 
    この笑いの理由は何でしょう?
 
 
  さっそく生徒から質問を受けています。
 
久しぶりの母校の授業はどうでしたか。
これから2~3週間、修行の日々が続きます。
夢をかたちに”をキーワードに努力して下さい。  byT.F

被災地に学ぶ 第3回

第3回 自問自答そして

以下に、2年女子生徒Nさんのレポートを掲載します。
 私がこの学習会に参加したのは、「今、被災地が本当に必要としているものは何か?」ということを知りたいと思っていたからでした。学習会を終えた今、たくさん得たものがあり、答えを見つけることが出来そうです。被災地に着いたのはまだ日がでていない早朝でした。そのときはまだ周りの状況がよく見えませんでしたが、日が昇って神社から見下ろした陸前高田市の光景は今でも忘れられません。初めてこの地に来た私には、以前から何もなかったかのように感じられました。それから、内陸部へ行くにつれて被害が少ないことにほっとしながら、仮設住宅へ向かいました。話を伺っていくうちに、いくつか問題点があることが分かりました。特に、壁が薄いということと日照時間が挙げられます。この二つは家に住むということにおいて、とても重要なことだと私は考えます。ですから、何とかこの状況を打開する策を考えなければならないと思うのです。

 次は、講話を開いていただきました。校長先生をされていた先生の学校では一人も犠牲者を出さなかったと聞いて、初めはとても驚きました。しかし、話を聞いていくと、先生の津波に対する高い意識がこのような結果につながったのだと納得できました。私たちは津波を知りませんが、スクリーンに映る数字はとても悲しいもので、いやでもその恐さが感じられます。助かった人にも、亡くなった人にもそれぞれの“ドラマ”があったと聞かされたときは、思わず涙がこぼれました。鈴木先生の授業では、様々な事を真剣に考えることが出来ました。震災直後の生徒たちと先生方。同級生たちの今。そして、これから私たちが創っていく未来。正直に言うと、私たちには「重い」。考えなければならないことが山ほどあって、内容も難しくて辛いことばかりだからです。でも、先生の授業を通して、そのうちのほんの少しにだけでも真剣に考えられたことは、私にとって大きな意味のあるものになりました。

 今回の学習会で、たくさんの人々と出会いました。それぞれ場所も環境も境遇も違います。しかし、ただ一つ共通することがありました。「未来を考えている」ということです。自分たちの境遇を嘆いたり、現状に不平を漏らしたりする人は誰一人としていませんでした。そこにあったのは、自分たちの失ったものを取り戻すために懸命に行動する姿と、この悲しみを二度と繰り返さないという想いです。支援を続けてきた立場の私たちは、これからどのように行動していくべきなのか、もう一度考える必要があると思います。



被災地に学ぶ 第2号

埼玉新聞 2月5日(日)朝刊 「被災地訪問報告会」が掲載されました。
HPでは、本校生徒の感想を掲載し、訪問前と訪問後の思いを伝えたいと思います。
岩手県立高田高校は本校K教諭の母校である。311以来、時が止まったことを
象徴する時計です。「しかし時計は止まっていても、歩みは止められない」K教諭談
以下に 2年 女子生徒 Kさんのレポートを掲載します。

 被災地の様子を目の当たりにしてみると、その光景は言葉も出ないほど圧倒されるもので、重々しい現実をつきつけられたような気がしました。陸前高田市の海岸近くは、震災前に都市であったとは思えないほどほとんど何もありませんでした。市の中心部である市役所とその周りにあった消防署や図書館、市民体育館などはかろうじて残っていたものの、窓ガラスはほとんど割れ、ドアは外れ、中を見ると瓦礫の山。その山の中には本や時計、アルバムやランドセル、車なんかもありました。近辺に住んでいた人が何も持たずに必死に津波から逃げ、家に残されたものたちが津波に流されて瓦礫の山の中に入ったのかなと考えました。その中にはきっと、誰かが宝物として、大切な思い出として残してきたものもたくさん埋まっているのだろうなと思いました。

 
一番印象に残っているのは県立高田高校で見た光景でした。一階がつぶれた部室棟、原型をとどめていない崩壊した体育館、窓やドアが外れた教室、天井の落ちた廊下を見ると、ここで自分と同じ高校生が何人命を落としたのだろうと胸が痛くなりました。崩壊した学校のあちこちを見て回っていると、一人の生徒のノートを見つけました。中を見ると、現代社会の授業の板書と思われる内容が綺麗な字で書かれていて、とても見やすいノートでした。このノートの持ち主は真面目に勉強してきた人なのだという印象を受けました。将来の夢も持っていたのかなと勝手に想像しました。その人が今も生きて夢のために頑張っていることを願いました。私は将来の夢はまだはっきりとは決まっていませんが、この先やりたいと思っていることはたくさんあります。同様に、震災で命を落としてしまった高校生たちも未来に対して強い志を抱いていたに違いないと思います。今、命があって未来がある私たちは、いつか死ぬそのときに後悔することのない生き方をしなければ、と感じました。
前へ前へ! 
 

しらこばとの里 植樹

12月28日、10時から「しらこばとの里の植樹祭」が行われました。
しらこばとの里は、越谷北高校内のホームルーム棟と特別教室棟の間の中庭にあります。
「彩の国みどりの基金」を活用した「県立高等学校緑化推進事業」の一環で生徒が緑に触れる体験活動を目的に行われているものです。
校長先生、教頭、事務長、生物部顧問、生物部生徒が参加して、植樹祭開会式を行ったあと、植樹に移りました。
 
生物部の生徒の協力により、イロハモミジ1本、ソヨゴ1本、ムラサキシキブ2本、アオキ1本、ニシキギ1本を植樹しました。
 
 
 この木々が少しずつ大きく育ってくれるといいですね。

被災地に学ぶ学習会

12月26日夜から12月27日にかけて、陸前高田市、大船渡市を訪れて「被災地に学ぶ学習会」が実施された。
1.2学年の希望者が申し込みをしたが、定員40人に対して60人を超える希望が集まり、抽選で41名の生徒が参加した。引率は、斎藤教頭・西巻先生・菅野先生・松本先生の4人。
26日は、午後10時に学校を出発して東北自動車を北上し、一路陸前高田市に向かった。
 
気仙沼駅周辺を見学した後陸前高田の仮設住宅を見学した。
そのあと、仮設住宅の自治会長さん(元中学校長)から「被災時の陸前高田市 仮設住宅での生活について」の話を聞いた。
 
 
続いて、沿岸南部教育事務所・在学青少年指導担当の方から「暴れ狂った海 津波の恐ろしさから命を守るために」というテーマで話をしていただいた。
 
つづいて岩手県立高田高校を見学した。菅野先生の母校である。
体育館が津波で流され、校舎の前で押しつぶされたままになっていた。
午後は、大船渡高校に行き、校長先生から特別授業をしていただいた。
「未来の果を知らんと欲せば、現在のその因を見よ!」というテーマで話をしていただいた。
一つはトウモロコシ作りの名人の話。トウモロコシの花粉は風によってあちこちの畑に飛ばされるから近隣の人も品質の良いトウモロコシを作れるようにしなければならない。そのために自分の農場でとれた品質の良い種を惜しみなく隣近所に与えていたという話。
もう一つは、茶道の話。人と人との触れ合いのどの一つも、生命と生命の深い交流から生み出される一座建立でありたいという話。
 
最後に、奇跡の一本松のところで集合写真。
 
 ちょっと、松の上の部分が写りませんでしたがご容赦を。
 
帰り道は雪の中を渋滞に巻き込まれながらも東北道を走って戻りました。昨夜からの走行距離は1500kmを超える長距離の旅となりました。学校帰着は予定時間を1時間ほど遅れ、23時になってしまいましたが、参加した生徒は被災地を直接見たり聞いたりすることができ、大変貴重な体験をすることができました。