KITAKO NEWS FLASH

2012年2月の記事一覧

被災地に学ぶ 第3回

第3回 自問自答そして

以下に、2年女子生徒Nさんのレポートを掲載します。
 私がこの学習会に参加したのは、「今、被災地が本当に必要としているものは何か?」ということを知りたいと思っていたからでした。学習会を終えた今、たくさん得たものがあり、答えを見つけることが出来そうです。被災地に着いたのはまだ日がでていない早朝でした。そのときはまだ周りの状況がよく見えませんでしたが、日が昇って神社から見下ろした陸前高田市の光景は今でも忘れられません。初めてこの地に来た私には、以前から何もなかったかのように感じられました。それから、内陸部へ行くにつれて被害が少ないことにほっとしながら、仮設住宅へ向かいました。話を伺っていくうちに、いくつか問題点があることが分かりました。特に、壁が薄いということと日照時間が挙げられます。この二つは家に住むということにおいて、とても重要なことだと私は考えます。ですから、何とかこの状況を打開する策を考えなければならないと思うのです。

 次は、講話を開いていただきました。校長先生をされていた先生の学校では一人も犠牲者を出さなかったと聞いて、初めはとても驚きました。しかし、話を聞いていくと、先生の津波に対する高い意識がこのような結果につながったのだと納得できました。私たちは津波を知りませんが、スクリーンに映る数字はとても悲しいもので、いやでもその恐さが感じられます。助かった人にも、亡くなった人にもそれぞれの“ドラマ”があったと聞かされたときは、思わず涙がこぼれました。鈴木先生の授業では、様々な事を真剣に考えることが出来ました。震災直後の生徒たちと先生方。同級生たちの今。そして、これから私たちが創っていく未来。正直に言うと、私たちには「重い」。考えなければならないことが山ほどあって、内容も難しくて辛いことばかりだからです。でも、先生の授業を通して、そのうちのほんの少しにだけでも真剣に考えられたことは、私にとって大きな意味のあるものになりました。

 今回の学習会で、たくさんの人々と出会いました。それぞれ場所も環境も境遇も違います。しかし、ただ一つ共通することがありました。「未来を考えている」ということです。自分たちの境遇を嘆いたり、現状に不平を漏らしたりする人は誰一人としていませんでした。そこにあったのは、自分たちの失ったものを取り戻すために懸命に行動する姿と、この悲しみを二度と繰り返さないという想いです。支援を続けてきた立場の私たちは、これからどのように行動していくべきなのか、もう一度考える必要があると思います。



被災地に学ぶ 第2号

埼玉新聞 2月5日(日)朝刊 「被災地訪問報告会」が掲載されました。
HPでは、本校生徒の感想を掲載し、訪問前と訪問後の思いを伝えたいと思います。
岩手県立高田高校は本校K教諭の母校である。311以来、時が止まったことを
象徴する時計です。「しかし時計は止まっていても、歩みは止められない」K教諭談
以下に 2年 女子生徒 Kさんのレポートを掲載します。

 被災地の様子を目の当たりにしてみると、その光景は言葉も出ないほど圧倒されるもので、重々しい現実をつきつけられたような気がしました。陸前高田市の海岸近くは、震災前に都市であったとは思えないほどほとんど何もありませんでした。市の中心部である市役所とその周りにあった消防署や図書館、市民体育館などはかろうじて残っていたものの、窓ガラスはほとんど割れ、ドアは外れ、中を見ると瓦礫の山。その山の中には本や時計、アルバムやランドセル、車なんかもありました。近辺に住んでいた人が何も持たずに必死に津波から逃げ、家に残されたものたちが津波に流されて瓦礫の山の中に入ったのかなと考えました。その中にはきっと、誰かが宝物として、大切な思い出として残してきたものもたくさん埋まっているのだろうなと思いました。

 
一番印象に残っているのは県立高田高校で見た光景でした。一階がつぶれた部室棟、原型をとどめていない崩壊した体育館、窓やドアが外れた教室、天井の落ちた廊下を見ると、ここで自分と同じ高校生が何人命を落としたのだろうと胸が痛くなりました。崩壊した学校のあちこちを見て回っていると、一人の生徒のノートを見つけました。中を見ると、現代社会の授業の板書と思われる内容が綺麗な字で書かれていて、とても見やすいノートでした。このノートの持ち主は真面目に勉強してきた人なのだという印象を受けました。将来の夢も持っていたのかなと勝手に想像しました。その人が今も生きて夢のために頑張っていることを願いました。私は将来の夢はまだはっきりとは決まっていませんが、この先やりたいと思っていることはたくさんあります。同様に、震災で命を落としてしまった高校生たちも未来に対して強い志を抱いていたに違いないと思います。今、命があって未来がある私たちは、いつか死ぬそのときに後悔することのない生き方をしなければ、と感じました。
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